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己という人間っぷり

ちゃがま

Author:ちゃがま
もはやパチンコパチスロで勝ち越せる能力を持ち合わせていないので、くだらなさ119%超を目指すブログです☆

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 己とパチ人生 ~其の1~ 

 今月に誕生日を迎えたことにより己のパティンコ、パティスロ経験値は晴れて成人式を迎えやした(魔法使いから賢者へ)

具体的且つ端的に申し上げると、まだ自分でお金を稼ぐことができないハナタレの時代からスロを初めて20年もあほな時間を過ごしているのでありやす。

どなたも興味を示す話では全くもってないでしょうが、そのパチ人生について勝手気ままに振り返ってみようかと思いやす。

とある熊本のド田舎で○校生の身分であった己は、当時ゲーセン(ゲームスタジオという店だったな)のメダルゲームにどっぷりと嵌っており、家かゲーセンのどちらかを探せば己を見つけられるというくらいのダメ人間っぷりを遺憾なく発揮しておりやした。

ある日、同級生だった友人がパチンコをしているという話を聞き、ゲーセンではお金を増やすことはできないがパチンコならお金が増える可能性がある!!!という、いとすばらしき思考回路ができあがり、その友人に『やり方教えれ!!』と懇願しデビューすることとなりやす。

当時、約20年前のパチ店は、パンチパーマでワイシャツに黒のスラックスという風貌、そして目つきと態度が必ずしも良いとはいえない店員がゆうゆう闊歩し、BGMは有線放送にてコテコテの演歌が流れている殺伐としたものでした。

学生である己は店内を歩いているだけで店員に睨まれる状況の中で、ビクビクしながらウロウロしていた記憶が。

玉の購入も今のように台の間にお金を入れるわけでなく、中央に位置する購入機にて数百円分の玉を買うシステムでした。

そして『終了台』というある一定の玉がでたら強制的に打つのを止め換金するというルールが普通で、ある時間になると終了台開放というアナウンスとともに、千円分の玉と台番がかかれた箱をカウンターに買いに行くというルール(その時のBGMは軍艦マーチに替わる)が存在しやした。

『前日終了台、本日終了台の札が入っている台を狙え』との友人からの情報を得て、とある台に着席。

たしかゼロ戦の台。

普通に打っていると友人が『お前、何してんの!?』とびっくりした顔で駆け寄ってきます。

そう、己はすでに終了していて開放待ちの台で勝負していたのです。

どうりで玉が出てこないはずだという冷静な判断はとてもできず、学生のくせに目立つことをやって店員に睨まれるという恐怖感と恥ずかしさのほうが先立ち、少しの玉を台に残したままそそくさと逃げ帰ってしまいやした。

デビュー戦は500円の負け。

それから2戦連続であっさり負けた(トータル4000円くらい)のであるが、ゲーセンでジャブジャブお金をつぎ込んでいた己にはお金が返ってくる可能性があるという事実だけでのめりこむこととなりやす。

そしてある日.....。

権太(ゴンタ)という、呑み助オヤジの人形がお椀を持っていて、お椀の真ん中に穴がありそこに玉が落ちるとV入賞という羽モノを200円で終了させてから、そのお金でさらに別のゴンタでも連続終了で9000円という大金を手に入れます。

そこから己は寝ても覚めてもゴンタ一色です♪

友人がケンタと言っていたのがなつかしい....。

その数ヵ月後、パチンコは楽しいぞ!と己が別の友人をデビューさせたとき、そいつがいきなり大きなドル箱を持ってウロウロしているのを目の当たりにして驚愕しやす。

羽モノ(ゴンタ)一辺倒の己は小箱しか使ったことはなく、ドル箱というものを手に掛けている時点で強者というイメージがあったので興奮して友人に尋ねると『セブン機で当たった!』と豪語しておりやす。

羽モノで少々の小銭を貯めこんでおった己はそれを機にセブン機デビューを果たしやす。


今日はここまで。

次回は己とセブン機、そしてスロへの転換をお送りいたしやすm(_ _)m



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